2012年7月31日火曜日

オリンピック 「Hiromi Miyake」でいいのか

オリンピックのウエイトリフティング女子48キロ級を見た。
三宅宏美の活躍は強く凛々しく美しくという感じで、とてもすばらしかった。
おじさんがかつて金メダルをとったときのことはよく覚えている。
前回のオリンピックに出場したときは、自分の子どもだからといって女の子に重量挙げなんかさせるなやなどとぶつぶつ言っていた(私が)。
今は銀メダルおめでとうといいたい。

この競技は日本(三宅宏美)と中国(王明娟)と北朝鮮(リャン・チュンハ)の選手が争っていた。
会場の掲示板に表示される名前を見ると、

三宅宏美―Hiromi Miyake
王明娟―Wang Mingjuan
リャン・チュンハ―Ryang Chun Hwa

となっている(王明娟とリャン・チュンハは別のローマ字表記だったかもしれない)。

王明娟とリャン・チュンハは自国で呼ばれているとおりの「姓・名」の順だ。
三宅宏美だけが「名・姓」となっていて、わが国での表記と逆だ。

このことを疑問に思う日本人がどのくらいいるのだろう。
ローマ字や英語で自分の名前を表記するとき自ら喜んで「名・姓」とするのがおおかたの日本人だ。
同じことを韓国人や中国人がされたら抗議するのではないだろうか。

戦前のことはよくわからないが、戦後はずっと上記のような名前表記が行われてきたと思う。
毛沢東を「Takutou Mou」、全斗煥を「Tokan Zen」などと欧米は表記しなかっただろう(とりあえず日本語読みローマ字)。

このウエイトリフティングで金銀銅が中日朝と並び、その名前表記を見た世界の人々はどう思っただろうか。
「中国と北朝鮮は自分の名前に誇りを持っているんだな、まあそれは当然のことだ。日本は名前までも欧米追随か」
などと思われるのは事実としてもいやなことだ。

私も社会人になって問題意識を持つまではそんなこと疑問に持つこともなく「Hiromi Miyake」だった。
中学校で英語を勉強し始めたとき、そのしょっぱなから「Hiromi Miyake」と教えられるのだから無理もない。
この教育の問題は今も変わっていないのではないか。
名前というのは究極の固有名詞であり、アイデンティティーではないか。
そして名前の表記などはその民族の誇りある歴史的文化ではないか。

せめて学校教育で「自分がアメリカ人だったら『Hiromi Miyake』と書くんだよ。だけど日本人なんだから英語で書くときも『Miyake Hiromi』と書かなくてはダメだよ」と教えてほしい。
でなければ「ジョン・F ・ケネディを日本語で書いたりしゃべったりするときはケネディ・F・ジョンとするんですよ」と教えるべきだ

実は日本名も国際的な場面で「Miyake Hiromi」と書くような動きが始まっているようだ。
逆に韓国などでは欧米式に名前を書くことが広まったりして混乱している。
韓国政府がそれを憂慮して是正するような動きも聞いた。

オリンピックに参加している204の国や地域の中で日本だけが唯々諾々としてこのような名前表記を受け入れているとしたら情けないことだ。


◆2011年夏 北アルプスシリーズ ⑯ 常念岳から大天井岳

アオノツガザクラ 2011.7.27撮影
青っぽい栂桜ということだろう。葉が栂に似る。草でなく木だ。ツツジ科であり、なぜサクラというのかわからない。

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